アラキーの思考整理

タイトル通りのめも書き

2015年10月14日追記:鐘楼のあたりとかをいろいろかき直し、修正
11月8日:いろいろちょっと追記
11月15日:またシベリアのらへんとかちょっと追記
こう、表面上のアラキーではなくて、内面的な???アラキーについてだらだら
自分で混乱しつつ書いてる
あくまでも私の考えなのでご注意ください

・シベリアのとき
シベリアで戦友たちがみんな死んでいくのをみていたアランとキースは、
アラン:(いちいち死んでいくのを悲しんでたら物理的に生きていけないから)心が死んでしまった(0%)
キース:心は生きてるからこそ物理的に死にそう(0%)
ってなったので、一人じゃ生きていけないので二人で足りない所を補い合って生きて行こうと誓った=夫婦になった瞬間(二人そろうと100%100%)、かなぁと
二人の補い合い方をみると「肉体的にはアラキー、精神的にはキーアラ」ってことです。
ということは、収容所のくだりはその後なので、収容所はアラキーが2人だったから乗り越えられたけど、心が生きているキースはトラウマを負ってしまった
シベリアでの出来事を時系列順に並べると、アランとキースがどこかで出会う→二人以外みんな死んでいく→二人で生きて日本に帰ると誓う→ソ連軍にとっつかまって収容所へ→収容所でキースがいろいろあった→キースがトラウマ抱えたままだけど二人で生きて日本に戻れた、って感じですかね
キースくんは自分を助けてくれたアランだけは信頼してるわけですが、アラキーが夫婦になって以降は二人だから生きられて二人だから片方死ぬともう片方死ぬって感じなので、二人の関係を分かってるアランがキースを助けるのは必然なんですけど、まぁそういう無粋な言い方は置いておきます

・復員後
復員直後もシベリアの時と急には変われない=二人じゃないと生きられないから二人でいる
でもアランが雪ちゃんと出会ったことで心を取り戻しつつあった(数値増える)
一方キースは変わらないからアランが雪ちゃんの話をするのがちょっと面白くなかったけど、キースもステラと出会ったことでトラウマを回復しつつあった(数値増える)
――ここで大正義作戦――
回復しつつあったキースは、ステラが死んだことでそこで回復ストップ、むしろ悪化=一人で生きられない状態に逆戻り(0%に近い)
アランも雪ちゃんが死んだので回復ストップ、でも完全に逆戻りしたわけじゃなかった(10%とか?)
キースが雪ちゃんを殺したことでアランとキースが再び元に戻れはしないけど、このままじゃ一人で生きられない状況だからこのままではいられない→それぞれがそれぞれの人生を生きられるようにするため決闘
だから決着がどうであれ、それぞれが生きられるようになる結果であればよかった(例えば片方死ぬとか、両方死ぬとか、もしくは仲直りしちゃうとか)。でも戦わないって選択肢は断たれた(恐らく、二人にはお互い、同じルールがあったのだ。相手が、先に詫びたら全て許す……。そして、互いに相手がその意思なく、そして同じルールでここに来ていたことを悟り合う……。)ので戦ったらアランが勝ったので、アランがどうするか決められた→キースの脇撃って立ち去った
で、ここでキースのうたれたところって雪ちゃんが最初に撃たれたところと同じなんですね。だからそれでちゃらにしたいという気持ちもあったのかな…?でも同時にもちろん許せない。でも同時にもちろんこれだけでは致命傷にならないからこの後病院にいけばキースは助かる。でも同時に相棒には変わりなくて相棒を殺すって決心がつかない殺せない→だから無言で立ち去ったのかな…?
これまで大好きだった相棒を殺せるまで憎むって相当な負の感情がないといけないんですが、アランはキースの事情も分かっているので、キースが憎いと思う一方で100%は憎めない(憎いか憎くないかといわれれば憎いという言い方しかしてない)んですね。そうすると、相棒を殺せるというレベルまではいけなかったのかなぁと。
つまり、アランは物理的に決着をつけようと思えばできたけどできなかったわけです。

・1950年
キースは本来一人じゃ生きていけない。でもステラと祐司の復讐があるから生きていられる=ガブリエルと似てる=だからキースの髪は白くなって目は元々赤くてキースが登場するとアクセラレシオ→キースのガブリエル化を示唆してる…?
アランも一人じゃ生きていけないけどまだ雪ちゃんのことは残ってるから生きてる+23番市に帰ってきた
で、まぁいろいろあって、いまだに決着つけられないから、また決闘しちゃうじゃないですか。
そんで決闘してたら二人揃って落下するって結論になった。つまり、二人とも死ぬって結論になるかと思われたけど、アランがキースをかばった
……で、これがなんでだろうっていう話でして。
アラキーは雪ちゃんの事件以降ずっと決着がついてなくて、力が拮抗してる今さえも決着ついてないわけです。
でも助けが来るとかで永遠に力が拮抗するとは思えないけど、それだと第三者が介入するだけで決着はつかないんですね。
具体的には、アランはプリマヴェーラが負けると分かってた(梅九さんとそう話してたし)から、このまま決着つけず争ってればいずれはキースが掴まってもう二度と決着がつけられない可能性だってあります。
でもそれじゃだめなんですね。そもそもアラキーが決闘したのは相棒と決別して別々の人生を歩むためなので、決着つかなければいつまでも引きずるだけですから、決着をつけなければならないわけです。さらに、今はお互い彼女への復讐(それぞれちょっと意味合い違うけど)で生きてるからいいものの、この墓場の決戦で復讐は終わるので今ここで決着つけるしかないんです。
じゃあどうやって決着つけようかとなると、仲直りエンドはもう無理だって決闘の時点で分かってた。そうなると最低でも片方が負ける、つまり片方死ぬなり両方死ぬなり(この死はひとつの例えだけどまぁ確実に決着つく方法です)しないといけない。でもお互いが別々の人生を歩いていくための決着なんだから両方死んだら意味がないし、できれば片方でも生き残った方がいい。
だからアランは自分が死ぬって選択肢をとったのでは……?と。
キースくんはプリマヴェーラが負けると思ってないし本気でアラン死ねって思ってるのでそんなことしない、っていうのまでアランは分かってたと思うんです。だからアラン自身がこうするしかない。鐘楼の下に落ちたら両方死ぬかもしれないけど、決着つかないよりはマシなわけで。だからアランは力の均衡を破って落ちて自分が庇えば自分は死ぬだろうけどキースは生き残るかもなっていう決着を選択をしたのではと思います。
もちろんキースが死んでアランが生きるって選択もとれるだろうけど、決闘始めた最初の頃は「お前が死ねえぇえぇッ。あの世で雪ちゃんに謝ってこいッ!!」と言ってるアランも、その後は「俺だけじゃ落ちねぇぜ!お前も地獄の道連れにしてやるからよ…!!」言ってる以上、自分だけは死ぬって覚悟ができたのかなぁと思います。アランは自分たちの関係をちゃんと理解しててキースの状況もちゃんと理解してるので、キースを死なせるって積極的な選択はできなくて、そうなると消去法で自分が死ぬか両方死ぬかしか残らない。だから、二人で鐘楼からおちた時点で、アランの生死はどちらにしろ、決着はついたわけで、キースくんは
キース「それとも、……やっぱ俺様たち、二人揃って落っこちて、……今、死んでるのかなぁ。」
キース「……なんか、……訳も分からず、穏やかな気持ちなんだよ。」
とスッキリした気持ちになったというわけ。(アランだけが死ぬか両方死ぬかというのはどういう決着方法をするかの選択肢の話であって、実際二人とも生き残ったとしてもそれは決着ついた後の話だから、アランの生死によって決着が決まるということは左右されないということ。なんかうまく説明しにくいなぁ……)
つまり1949年の決闘で相棒を殺せずに結論を先伸ばしにしてしまったアランは、1950年の決闘では自分が死ぬって結論を選び、アラン自ら鐘楼から落ちようとしたということ。
さて、アランがこの通り考えてたとすると
「キースッ、お前に謝ることがある!どうしても伝えたいことがあるッ!」
はギャグを聞かせるために布石にすぎないわけですが、二人で落ちればいいって話なので、わざわざギャグ言って笑わせる必要もないと思えるんですね。
アランはギャグでキースくんが笑ったならそれで落ちる、笑わないなら怒ったキースくんに落とされる、もしくは自分から落ちる、でもよかったのかも。でも自分の知ってる相棒は絶対笑うから、最後にそれを確かめたかったのかな?と思います。
または、アランは死ぬ覚悟をしてるわけで相棒に向けて完全に最後の言葉となる可能性が非常に高いわけなので何か言おうとしたけど言えなくて、誤魔化すためにギャグを言ったのかなぁとも。
ちょっとこのへんまだふわっとしてる……
一案:下にもかいてあるんですけど、アランのギャグっていないいないばーみたいなもので、戦争で傷をおって精神的にある意味退化してしまったキースとミゲルにとってだけすごく面白いと思うんですよ。そうすると、アランがギャグ言ってキースが笑うならまだキズが癒えてない=決着つける必要あるし、アランがギャグ言ってもキースが笑わない=傷直ってる=キースにとって決着つける必要なしってわかる目安になるのかなと。もちろんアランは分かってるんですけど、それでも万一キースが戦争のきずは癒えてるけど単に復讐するためにアランと戦ってるのなら、二人で鐘楼から落ちるって危険なことをしなくてすむのかなーと。なんか無理がある気がするので今の所のひとつの考えという程度にしておきます。


話変えまして。
アランとキースで二人の関係性の認識が一部違うなって思うんですよ。もちろんアランは真相を知っててキースは知らないっていう違いもあるけれど。
決闘のところだと二人が夫婦だったっていう認識は一致してるけど
キース「………ステラと祐司君に、謝ってくるんだ。」
アラン「………………。」
アラン「お前こそ。ステラさんに謝ってこい。」
ってところが違ってて、キースくんはアランのせいでステラと祐司が死んだ→アランが悪い→アランがステラと祐司に謝ってこい、で分かりやすい。でもアランは真相を知ってる→キースが復讐で人を殺したこと自体は理解できる→復讐したことが悪いからそのことをステラに謝ってこい、っていう。これ真相の知ってることの差だわ
最後の鐘楼のところも
キース「落ちろぉおおおおおぉおおぉッ!!!」
アラン「俺だけじゃ落ちねぇぜ!お前も地獄の道連れにしてやるからよ…!!」
キース「悪いけど俺様、地獄旅行はちょっと遅れていくからさッ。アランが先に行っててくれ!!」
アラン「待っててやるから安心しろって!逝く時は、一緒だぜ?」
キース「遠慮するよッ!!」
っていう、キースはとにかく今はアラン死ね!!(どちらにしろ始末屋だから二人とも地獄行きだとは思ってるのかな)って感じなんですけど、さっきでてきたとおり、アランは真相をわかってるので、死ぬなら二人でっていう。百合かよ!!!!!!!!!
(※私の中では、二人で生き残ろうがほもで、二人で死のうが百合)
で、なんでこういう違いでてくるのかなっていうと、もちろん真相知らないキースはアランが一方的に悪いと思ってるのもあるんですけど、話最初にもどして、「肉体的にはアラキー、精神的にはキーアラ」じゃないですか。そうすると、アランはキースを助けてるっていうのはもう客観的に分かることで、キースくんもアランに助けられてるっていう感覚あると思うんです。でも逆にキースが精神的にアランを助けてると言っても、キースくんはいつも通り泣いたり笑ったりするだけであって、キースくん自身アランを助けてあげようって思ってやってるわけじゃないから、アランはキースに助けてもらってる意識があるけど、キースはアランを助けてるって意思が弱い=アランは一人でもやっていけると誤解するってことにつながるのかなと。だからこそ、キースはアランが一人であんなことしてたんだ!!って思っちゃうわけですし、よく理解しないでアラン死ねって言っちゃうわけです。

また話変えまして、アラキーの面白さについて。
アラキーはすごく皮肉な運命なところが面白いのかなと。
シベリアで生き残るために二人はその時最善の選択をしたわけですよ。
もちろんそれでもキズを負ってしまったから日本に帰ってきて彼女に癒してもらうんですけど、その前に大正義作戦で。
アランとキースがこんな関係じゃなければ当然こじれない。日本に復員直後なら二人からしたらお上の弔い合戦にすぎない。雪ちゃんと会った後~ステラとくっつく前ならキースも金龍会につく。ステラとくっついて二人の傷が回復した後なら敵対するかもしれないけどここまではこじれない。
ということで、よりによって、このタイミングで、このタイミングさえ避ければっていうすっごい皮肉なんですよ。
しかもこのタイミングで起こったことで今まで最善の方法をとってきたことがすべて裏返っちゃうわけです。
しかも大正義作戦はアラキーを狙ったものじゃないので、二人の彼女が幹部の妹で、二人がここまで巻き込まれたのは偶然だったわけで。
しかもアランがキース側だったらキース一人でこんな陰謀はしないってわかるのでここまでひどくならなかったと思うんですが、キースがこっち側になったせいでここまでひどくなって。
この皮肉さすごくないっすか……?りゅ、竜騎士ぃいいいいいいいいいい
あと別の面で皮肉なのは、アランとキースって二人組なので、お互い助け合えるわけで、S1のケイレブたちみたいな戦地帰り組にはならないわけで、むしろ衣食住に困ってないから幸運かも。でも二人組だったからこそここまでこじれたわけで、りゅ、竜騎士ぃいいいいいいい
あとさらに、アランとキースって二人いるとスナイパーコンビとして最強なわけで「二人でいること」が最強ポイントだけど、同時に「二人でいるから」こそそれが弱点なわけですよ。りゅ、ry


あとこのブログでかいたか忘れちゃったんですけど、アランのギャグで笑うのってキースくんとミゲルだけじゃないですか。なんでだろうねっていう。
それで、アランのギャグっていないいないばーみたいなものかなと。
いないいないばーって赤ちゃんからしたらとっても面白いけど、大人になったらまったく面白くないじゃん。
だから、戦地でトラウマ負った人たちが赤ちゃんのようなものかなって
ちなみに雪ちゃんが笑うのはそんなことするアランがおかしいからなのでギャグに笑ってるのはまた違います

あともっとどうでもいいんですけど、
「あの雪原から帰るために、……俺たちはあの日、夫婦になったんだな。」
「そうだね。俺様たちは、……きっと夫婦だったよ。」
って二人で夫婦になった日を確認できたということはその日何かがあった(そして吹雪を生き抜いて、雲間から太陽が覗いた時。
僕たち二人は、生きていることを噛み締め合いながら、笑い合ったんだ……!!、ってらへんかな)と思うんですよね。
ところで結婚って法的には届出すればいいですが、みんな儀式的意味合いで人生の境目として結婚式やるじゃないですか。
ということは、アラキーはその日何かがあったその何かはアラキー的にはまさに結婚式に相当するのでは……!
………………というのはちょっと不真面目な妄想なんですけど、真面目に、シベリアでみんなが死んでいく中である日二人も本当に死にそうなレベルになって、その時最後の二人同士誓い合ったのかな?と思います。それでその瞬間以降、二人は「相棒」になったのかなぁと。
いやですね、コミカライズのシベリアシーン、見直すとすっごくよく作りこまれてるんですよ………………。
プリン回の前半のシベリアシーンでアランがキースのマフラー巻きなおすところでアランが「戦友」って呼んでるんですけど、いつものアランならそこは絶対「相棒」だから、これはアラキーが誓い合う前なのでは…?!ということは、二人とも死にかけ状態だからこそ、アランはここを思い出して如月と比べて自分は生きてないのか?と思っちゃうの!?とか推測たつわけですよ………………。合ってるか分からないけど推測たのしいです

また思い出したら思考整理しにきますのでとりあえずここまで
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